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その二

次に、鉄山氏のいう「閉じた世界」について考えてみようと思う。これについては氏の意見を読むまで全く考えてこなかった観点なので、確固とした僕の意見というものはまだないのだが、気になったので言及してみることにする。なお、これについては氏のブログでしばしば言及しているようなのでそちらも参照してほしい。例えば以下の記事。

BLOGという名の日記 - 雑記#80

まず、氏の言う「閉じた世界」というものは、SNSのような基本的に登録しなければ参加できない世界、のことを言うらしい。つまり、情報が外部に公開されない場のことと思う。ニコニコ動画や、pixiv、mixiなどなど。氏がとっている「有用な情報はWebに公開してナンボ」という立場によれば、全ての情報は等しくWeb上に公開され、全ての人間がアクセス可能になることが一番なのだろう。なるほど、確かにインターネットというものの成り立ちを考えればインターネット上にアクセス不能な情報が存在するということはその存在目的に反している。当初の目的からすればだが。

たとえば、学術的な意見、論文など。これらは当然閉鎖的なコミュニティで発表するべきでなく、自由にアクセスできるべき。たとえば、企業のWebサイトなど、これは自由にアクセスできるべき。たとえば、この文書のように個人のさまざまな問題に対する意見など、これも自由にアクセスできるべき。これらのようにインターネットの当初の利用目的、情報の共有や公開が目的ならばそれは自由にアクセスできるように公開するべき。

では、小説はどうだろう。個人が書いたイラストはどうだろう。個人が趣味で作った動画作品はどうだろう。個人が綴った他人には割かしどうでもいい日記はどうだろう。僕は、これらについては別に閉鎖的なコミュニティ内で発表しても構わないと思う。中には有用なものがあるのかもしれないが、これらはあくまで個人の趣味を個人的な嗜好によってWeb上というおよそ不特定多数の人々が閲覧できる場にわざわざ公開しているだけ。それらを必ずしも完全に公開する必要はないんじゃないか、と思う。こういった趣味嗜好については完全に個人の自己満足だし、あるいは見知らぬ誰かとの交流を求めているのだろうから、完全に公開される必要性は感じられない。

むしろ、そういった趣味、嗜好の範囲での情報公開は実は閉鎖的であるほうがよいのではないかとも僕は思う。閉鎖的であることによって、同じ趣味嗜好をもった人物が集まりやすくなる。たとえばpixivなんかをみると、これは完全にイラストのコミュニティだけれど、一口にイラストといってもそれはもう題材やら手法やらで実に多岐にわたる方向性がある。そして同様に書き手も実に多い。その中から自分と同じような趣味を持つ人を完全に開かれたWeb上で探すのは困難極まりない。逆に閉鎖的であるがゆえに、探す範囲も必然的に狭くなるためによりいっそう検索が簡単になる(それでも数が数だからまだ大変だけれど)。確かに登録という行為が必要ではあるけれど、そんなの二、三の手順を踏めばいいだけなのだし、さしたる問題ではないと思う。

逆に、僕が問題にしたいのはそういったコミュニティを「閉鎖的である」といって無視してしまう、その態度について、である。確かに、閉鎖的なコミュニティはいくつかの深刻な問題を内包している。でもこれは、公開されたコミュニティについてだって同じだから、取り立てて閉鎖的なコミュニティばかり非難するのは少し盲目的になっているんじゃないか。そして、「閉じた世界」をばっさりと切り捨てるような態度、これこそ僕には閉鎖的な態度であるようにみえる。皮肉的ではあるのだけれど、「閉じた世界」を切り捨てて「開いた世界」ばかりに目を向けることで「閉じた世界」に繋がるほんの僅かなつながりを「閉じて」しまっている。

全ての有用な情報は公開されるべき、という立場をとるのなら自身も全ての情報に対して公開的であるべきで、これまでにどの程度その閉じた世界で見聞きして、どのような印象をもったにしても、無価値であるとして可能性を全て否定するような態度はとるべきでないと思う。

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