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2009-01
一月の晦日
- 2009-01-31 (土)
- 雑記
一月も終わりですな。二月は一般入試が控えております。このまま順調に受験勉強がんばりませう。
今日は慶應の2006を全教科やってみた。やっぱり東工大と比べると英語以外は遥かに楽だなあと実感。英語は早稲田のより慶應の方が分量も少なくていいですね。これなら6~7割は取れるような取れないような。とりあえず全体で合格点は取れるかと思います。数学の出題形式がどうも苦手ですけど、それはまあ致し方ない。じっくり練習して本番確実に取れるようにする。
ところでgoogle先生がご乱心のような気がするんですけど、気のせいでしょうか。自身を危険なサイトと認定しておりますよ。
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卒業試験が終わったよ
- 2009-01-31 (土)
- 雑記
卒業試験が終わりました。多分無事に卒業できると思います。英語が怪しいんですけどきっと大丈夫。
そういえば今回の倫理の試験がかなり鬼畜というか、面白かった。問題を晒すと、「あなたの人生の哲学を述べなさい。ただしその際影響を受けたものや人物についても説明すること」ていう感じの問題で、B4用紙一枚が与えられました。その用紙を見た瞬間の周りの反応がこれまた面白かった。何人かは失笑、無理だろこれ的な声。試験が始まるっていうのにざわざわと騒いだりね、まあさすがに予告もなく人生哲学を書けなんていわれたら動揺するよね、そりゃ。ちなみに僕はばっちりかけました。ただ時間が足りなくて書ききれなかった。50分でその場で文書を考えて人生哲学を書くのはなかなか厳しいものがあると思うんだ。
今日早稲田の2007英語やったんだけど、なんか簡単だった。時間は少し足りなかったけど、時間無視して15分オーバーで6問しか間違えてなかった。この年が簡単だったのか。とりあえず今回は素直に問題順どおりにやって失敗だと思ったので今後は時間配分も考えてやろう。
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WordPressを導入してみた
- 2009-01-30 (金)
- 雑記
以前使用していたスクリプトがやや使いづらかったのでWordPressを導入してみた。P-Blogとも悩んだけれど結局こちらにした。まあ特に意味はないのだけれど。ついでだったのでサブドメインを設定して運営してみることにした。今までサブドメインが設定できることを忘れていたのは内緒です。
で、導入したのはいいのだけれど、以前のスクリプトにログのエクスポート機能がなかったせいで、記事をアナログインポートすることになった。すなわちコピー&ペースト。そして当然ながらコメント達はなかったことになりました。南無南無。どうしてもこのコメントは記事につけておきたい!という物好きな方はまだ以前のスクリプトはサーバー上に残してありますので、ご自分でアナログインポートしてください。URLは「http://www.full-score.com/blog/」です。
そして、いい機会なのでこれからはしっかりpタグを使用して書いていこうと思います。強制改行はネタ記事などでたまに使うと思います。
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ブログって
- 2009-01-30 (金)
- 雑記
ブログっていうよび方が定着したのっていつからでしたっけね。僕がネットをするようになって初めて自分のサイト(かなりひどい)を持ったときはまだ日記、というよび方が主流だったと思いますし、僕も当たり前のように日記と読んでいた気がします。今でもこれをブログとよばずに日記とよぶのは大した理由とかがあるというわけでなく、まあネタなんですけどね。
だって日記もブログも意味は同じですし。ただ最近ではブログの方は日記以外でもなんでもあり的な雰囲気があるきがしてならない。まあそこら辺は別にどうでもいいか。
ところで僕としては結構致命的なんですけど、この記事たちに段落指定とかしてないんですよね。つまりpタグで囲ってない。自動出力に任せて適当にうだうだと書いているせいです。文章全体をpタグで囲うのってダメですよね。明らかに複数段落あるのに一つですよ! って宣言して完全にアクセシビリティとか無視。しかも強制改行多用だし、なんかもうね。
こんな記事書きつつも結局直そうとしていないし。
うーん、何が書きたかったんだろう……
ああ、そうだ。これはあくまで日記なのでこんな感じにぐだぐだと書いちゃったりしているわけです。
そんでもって意味もなく(多少はあるけど)公開しているわけです。
ああもうなんだかなあ。
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僕と文 文と僕
- 2009-01-28 (水)
- 雑記
最近、僕の中でいわゆるライトノベルがブームとなっている。
もともと僕は物語を読むのが好きだったのでラノベにはまるのも当然かもしれない。
まあブームとはいっても、今回は読む方がメインでなく書く方がブームとなっているわけで、実際にはラノベは殆ど読んでいない。
ラノベ的な表現というものを研究しようと思って買った手持ちの数冊を読んでるのと、友人のすすめで借りて読んだくらいだ。(それでもそれなりの冊数にはなっているが、相対的には決して多くはない)
それでそのせいなのか、最近はそれまで書いてきたいわゆる文学的文書の方を書かなくなってきている。
もちろん、僕の文書は決してうまくはないので文学的か、と疑問を投げかけられると参ってしまうのだが、ここではラノベ的文書と明確に区別したいので文学的文書としておきたい。
(ラノベ的文書はまさにラノベ、文学的文書はそうでないもの、たとえば村上春樹やらドストエフスキーやらヘミングウェイやらが書くような文書群のこと、とここではしておく)
最初にラノベ的文書を書き始めたときはたまにはこういう娯楽作品も書いてみたいなと、ほんの暇つぶし程度にしか考えていなかった。
しかし、いざ書き始めてみるとこれがなかなかに面白い。
思いつくままに世界観を表し、無秩序に場面を描写していく。ともすれば中二病とも揶揄されかねないような突飛な妄想もラノベ的文書の世界では可とされるわけで、少なからず僕の中にもそういう妄想世界への憧れというのはあるわけだから楽しいのは当然。
そしてある種のラノベ中毒に陥って、少しの暇があれば妄想にふけり、こんな世界もいいなと、次から次へとラノベの世界を生み出してしまう。
ブーム、というより中毒の方が多分正しいと思う。
そんなこんなで今はすっかりラノベ的な文書を書くことに熱中しているが、多分そのうち文学文書の方に戻ると思う。
でもふと思ったのだけど、ラノベ的文書と文学的文書では表現の方法がまるっきり違っていて、描き出す世界がだいぶ違うけど、結局は作者の思想から生み出されているということには変わりない。
当然ながらラノベの方は娯楽的要素が強いので主題とか、思想とかそういう色合いは必然的に弱まってしまうけど、それでも一定レベルに達しているであろうものからは作者の思想が確かに読み取れる。
逆に、ラノベでなければどうしても表現できない、という場合もあるはずで、たとえば最近はヴァーチャルの世界の問題もかなり出ていたり、文学文書では表現しきれないことを表現するための手段としてラノベを選ぶのもありだと思う。(もちろんあくまで手段としてであって、明確な主題を貫けずに世界観を重視してしまっては意味がないが)
そう考えるとラノベはただの娯楽だから買う必要などない、という意見は少しばかり考えが浅かったなと思う。
文学作品にしてもラノベ作品にしても、表現の様式が一般的に異なるだけでどちらも作者が表現したいことを表現していることには変わりないのだし、どちらかのほうがよい、という議論はすべきではないのだろうな。
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